『……では、その日の二十三時にお迎えに参ります。影次の装いになにかご希望はありますか?』
「希望? 別に、ない」

 当日。もしかしたらただの趣味の悪い冗談だったのではないのかと不安もあったが、ちゃんと迎えの車が来た。スケッチの道具と会員証らしい、薔薇の刻印されたシルバーのシールリングを携帯する。リングの側面には『EDEN』と刻まれていた。

 英国の屋敷の使用人を思わせる制服で屈強そうな体を包んだ使者に促されるがまま、黒塗りの車に乗り込む。街の灯から離れ、山の闇中に入ってしまったときは、また別の不安に襲われた。頭に謎多き老紳士、三屋清十郎の姿が浮かぶ。……わたしはバラされて、埋められるのではないか? と、三屋に後ろめたいことがあるわけでもないのに、嫌な妄想をしてしまう。

 暗い樹木は唐突に開けて、明かりが見えてきた。翼の生えた青年、エロスの像が両側に設置されている開いた鉄の門と、その奥に見える洋風のクラシックホテルのような横広がりの白い建物が、敷地にぽつぽつと立っているレトロな外灯に照らされている。

 車からおりて、エロスのあいだを通り、使用人に案内されるがまま楽園へ入った。ふと、この建物にはほとんど窓がないなという違和感に気づくと同時に、両開きの重厚なドアが使用人の手で開かれる。彼は、すでに待っていた。

 広々とした大理石のエントランスで、腿の中程まで丈のある、シャム猫を連想するような色合いの毛皮を羽織って立っている。前髪は流さず、おろしていた。目が合うと、血豆色に塗った唇を微笑の形にして礼をしてくる。わたしはその礼に反応するのも忘れて、彼の全身を眺めた。極端過ぎて安っぽく見えるほどの光沢を放つ赤いエナメルのハイヒール、長く伸びた白い素脚、面積の狭い黒のショーツ、そして腰には胸下までの丈の、唐草が刺繍された暗い紫のサテン地のコルセット。コルセットは両縁が、ギャザーを寄せた幅広の黒いレースで装飾されていた。くっきりとした鎖骨のあいだでは、つけているネックレスのきらびやかなスワロフスキーが揺れている。

 昔、スケッチ旅行で訪れたフランスの街で、迷い込んでしまった裏通りで見かけた街娼を思い出した。毒々しく、うさん臭く、豪奢だが下品な一目で娼婦だとわかる装い(そう、確か高級そうなコートを羽織っているのに中はほとんど下着だった)。あの時はダークゾーンに踏み込んでしまったと思い、身の危険を感じて慌てて逃げ出した。そんな格好を今目の前に居る、当然だが胸の平らな少年がしているのだ。

 受付でリングを見せ、安くはない料金を支払うと、少年……娼年がハイヒールを鳴らし、すぐ近くまでやってくる。窮屈そうなショーツの前には当然、ふくらみがあった。

「今宵はよろしくお願いします」

 少年らしいシャープな輪郭だが小作りな顔に視線をややあげて移し(ハイヒールのせいだ)、間近で見る。前見た時と変わって、目元の化粧は目尻ではなく下睫毛を強調させていた。黒々としていて長い。そして首か胸元からは深みのある、薔薇に似た芳香が漂ってくる。

「……ああ、よろしく」

 案内される途中、エデン内のあちこちに視線を向けた。壁に背を預けている、美しいが毛髪のない女が居る。影次と同様にコルセットをしているがショーツは穿いておらず、頭と同じ無毛の股間の少し上には薔薇のような形をした痕がある。じっと、エントランスのドアのほうを見ていた。

 通りかかった両開きのドアからは、気違いじみた騒ぎが聞こえてくる。ちらほらと居る娼婦や男娼だろうと思われる者(明らかに、まだ子供に見える者もいた)はだいたい、コルセットを締めて体のどこかに薔薇が咲いていた。それに伴っている客だと思われる者たちは上品な格好をしている者もいるが、全裸の者などもいて、わたしはいつも通りの格好で来たが恥を感じる必要はなさそうだ。

 一組、体重が三桁はありそうな全裸の女を引き連れている、同じく裸の痩せた男という組み合わせを見かける。女のコルセットなどつけられそうにない出っ張った腹には薔薇があって、ぎょっとした。……階段をのぼり(踊り場には手錠のついた怪しげなポールがあった)、部屋に通される。

 柵のついたアンティーク風のベッドが置いてあるだけの、そこまで広くはない部屋。毛皮を一々なまめかしい動作で肩からずりおろしながら、ベッドへ向かおうとする彼になにか危機感を覚えて、慌てて声をかけた。骨張った肩だった。

「絵を、描きたいだけだ」


 毛皮を脱ぐと気づく、細いが筋っぽい二の腕。見ていて不安になるほどコルセットでくびれた腰。彼をアンドロギュノスに見せている人工的なおうとつ。それでやや前に突き出ている胸板がより強調されている。近くでよく観察すると、両乳首の赤みが不自然なほど強い。こんな部分にまで化粧をしているのかも知れない。そして毛皮の覆いが取れたことで確認できた、張りのある太腿、左腿の薔薇。やはり、この烙印はここの娼婦の証のようだ。

「……まあ、いろんな方がいます。もう性行為らしいことを求めてこなかったり」

 毛皮をかたわらに置いて、ベッドの縁に腰かけた影次の体中に改めて視線を這わせながら、スケッチブックに鉛筆を走らせる。なにか会話をしていたが、そのうち返事をするのを忘れる。彼もわたしの様子を見てか、黙った。……いちばん目につくのは毛どころか毛穴すら見当たらない、室内の明かりを受けて白く輝いて見える引き締まった脛。足首と膝は無骨で、形がはっきりしている。

 筋骨隆々とはしていないが、少女のような柔らかさもない。微妙な趣(おもむき)のある肉体。あれこれとポーズを指示して、次々とスケッチしていく。

 頭を反らさせる。目立つ喉仏。ショーツを脱いでもらう。綺麗なビキニラインをしているなと思っていたが、やはり、陰毛自体存在していなかった。乳首同様赤みが強いが、元々色濃い上から塗ったという風貌のショーツをふくらませていたもの。平均的な形。皮は剥けている。

「勃起させてみてくれないか?」
「はい」

 頭を反らしたまま、陰茎に手を伸ばす。ハイヒールと同じく安っぽい光沢を放つ、ほとんど黒に近い紫に塗った爪を持つ指が亀頭に皮をかぶせたり、剥いたりを繰り返して扱く。少しして、張りつめて反り返った陰茎の先端がコルセットの唐草に触れた。萎えないうちに描写する。

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